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月命日の月は

夫のミキです。

本日1/31は、妻サキコが亡くなってから半年(=6か月)の月命日です。

他のSNSでも書きましたが、この6か月は本当に色々な出来事や思いが
駆け抜けた時間と日々でした。

今日は職場の昼休みに、すぐそばにある花屋さんで供花を注文し、
帰宅時にそれを受け取り、途中で夫婦で気に入っていたケーキ屋「セティボン」で
小さなケーキ(私が余り甘いものが得意では無い為)を買って
お仏壇に供えました。
供花とケーキ

FACEBOOKなどで教えてもらいましたが、本日1/31は語呂合わせの「愛妻の日」でもあるらしく、
さらに今夜は「スーパーブルーブラッドムーン」という、珍しい現象を伴う皆既月食も
綺麗に見えて、奇遇ながらとても印象深い一日となりました。

月食はうまく写真に収められませんでしたが、サキコの写真を入れた
携帯型(手帳型)の位牌と一緒に、寒空の中しばらく見入っていました。
(これを投稿したら風呂に入ります…)

ひとしきり月食を見終わったあと、部屋のカーテンを閉めた際、
カーテンフックにかかっていた
サキコが飾った御守りの、

「しあわせ」

の文字を見つけ、一人号泣しました。


しあわせは確かにありましたよ。
「しあわせ」の御守り
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阪神大震災と妻サキコ

サキコの夫のミキです。

ミサキチのログインパスワードをようやく今月になって入手できました。
ミサキチブログの復帰に時間がかかってしまい、
ご愛読してくださっていた皆さまには本当に申し訳ない思いでいっぱいです。


昨年12月、愛犬フースーヤのブログになんとかログインが出来まして、
下記のご報告をさせて頂きました。

http://fusuya051101.blog43.fc2.com/blog-date-201712.html

余りにも急な出来事が起り、それからもう、
今月で半年近くを迎えようとしています。

あっという間でいて、永遠のように長かった。
簡単に例える術を持たない、未経験の時間の流れでした。

先ほど、このエントリーを書き始める前に、
2017年初頭や6月ころのミサキチの内容を改めて読みましたが、

サキコがもう居ない、というこの状況が訪れるなんて
微塵も想起できないような、普通で楽しい日常が綴られていました。

1月のこんな寒い時期でも、ネイチャーサキコは
頑張って、ビオラなどはこの時期でもキレイに咲いていました。

(自分も枯らさないようには頑張っていましたが、とうとう一部枯れてしまいました)

2017年のサキコのおみくじは「中吉」で、
鶏肉大好きなサキコは酉年にも期待を弾ませていました。

そして当然、犬が大大大好きだったサキコは、
戌年である今年を楽しみにしていたであろうことは、言うまでも無いことだと思います。
しかしサキコは、戌年を目前にして、眠りにつきました。

亡くなった日は7月31日。あと1日後には、8月。入籍記念日を目前にしている時期でした。

亡くなった年は平成29年。1年後の本年は、平成30年。
嵐も年賀状のCMで言っていたように、そうか、平成ももう30年か、
という節目の年を目前にしていました。

亡くなった年齢は、39歳。次の誕生日を迎えれば、40歳。
いつまでも若々しくいることにこだわっていたように見えたサキコからすれば
大台に乗ってしまいますが、これもまた節目の年齢を目前に控えていました。

上記の事は偶然の重なりではありますが、
サキコは色々な節目の目前で、眠りにつきました。

当然、残された私は、平成30年の、40歳のサキコの誕生日も祝うつもりでいるのですが、

それらの節目の目前であったがゆえ、

普遍的な変わらないサキコの姿を記憶として、心に残せるような気がしています。

ずっと見えるカタチで年齢を重ねてしまう自分にとっては、

永遠の30代のサキコを、それまでの元気だったサキコを
より強く思い出せるんだと思っています。


以下、話はタイトルの件にシフトします。

関東住まいの自分にとっては、ニュースで観て改めて
思い起こされる出来事にはなってしまいますが、

本日の1/17は、阪神大震災が発生して23年目の節目の日でした。

当時、サキコは16歳で、神戸の実家にてその大地震を体験した事を
何回か自分に語ってくれました。

夜がまだ明けきらない朝方に大きな揺れが来て、怖くてお母さんの元で静まるのを待っていた、
というような内容だったと記憶しています。

近所でも大きな被害があり、大渋滞で動かないバスの中で何時間も過ごした事や、
ボランティア活動にも参加した話も聞きました。

本日出ているニュースを見ると、

震災で犠牲となったご家族や友人を悼んで今も涙する人。
最近までも亡くなった家族の御仏前に食事を供えていた人。
犠牲になった愛する人を救えなかった事に苦悩する人…

沢山の想いが今もそこにあることがわかりました。

悲しみがようやくすこしずつ緩やかになってきた、というような文章もありました。

サキコが肺癌がもとで亡くなって半年ですが、
今も悲しみは波のように押し寄せてきます。

そんな中でも、仕事に臨まなければならない。
周囲の人と日常を共にしていかなければならない。

いつまでもいつまでも沈んで悲しんでいるのは、社会人としては良くないのではないか?

というような葛藤が、時間を経るごとに少しずつ大きくなっていました。

でも。

阪神大震災は、教えてくれました。

サキコも、毎年この出来事に思いを寄せていた。
そして、自分の気持ちに正直に、今も悼む思いを寄せている人たちが沢山いるのだ、と。

気持ちに正直に。

この半年近くですっかり「泣き癖」がついてしまった自分は、
これからも泣きたいときには泣かせてもらおうと思います。

そして、笑える時には、サキコの分もひっくるめて、笑おう。

そうやって少しずつ、サキコの記憶と存在感と共に
過去を背負いながら、前を向いて生きていこうと思います。

結びの文章を書いていたら、また涙が滲んできました。

それでいいんだな。

サキコ、色々と本当にありがとう。
そして、これも毎回書いていますが、これからも、いつまでも、よろしくね。

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プロフィール

サキコ

Author:サキコ
19780404生まれ A型
神戸市出身・現在静岡市在住

愛犬フースーヤとHikkiとしょこたんとアニメとゲームとガーデニングとネイルアートが好きです

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