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サキコの誕生日です

サキコの夫のミキです。

本日4/4 は、サキコの誕生日です。

生まれてから40年目の節目の誕生日でもあります。

亡くなって8か月経ったこの日ですが、
まだ巷の桜もなんとか散らずに残っている所も多く、
暖かく良い1日となりました。

つい数日前に思い至り、
今朝は日曜に園芸センターで購入してた

『ドウダンツツジ』

を我が家の庭に植樹しました。

出社前の30分くらいで植樹は完了しましたが、
とにかく庭いじりはサキコに任せきりだったので、
掘ってみたら意外にも粘土層が浅いところまで固く拡がり、
石がゴロゴロしている事を知りました…。

これには多少面喰いました。

こんな条件下でしっかり庭を作っていたサキコに改めて敬意を表します。
大変だっただろうな…

ちなみに、ドウダンツツジの花言葉は
『上品』 『節制』 『私の思いを受けて』 『返礼』 
だそうで、自分のサキコへの気持ちにもとてもあっていると思いました。
4月の(正確には4/14の、ですが)誕生花でもあります。

その後出社してからも、ずっとサキコの体調を気にかけてくれていた
女性先輩社員からプレゼントを頂いたり、
植樹の件を話したりして思いを馳せながら過ごしました。

(が、仕事上のトラブルにも見舞われました。こういうタイミングでも起こるものなのですよね。自分の確認不足でもあるのですが…)

帰宅時には、すでに予約していた供花と、サキコもお気に入りだったケーキ屋さんの
バースデーケーキを受け取りながら家路に着き
上述のプレゼントも併せてお供えしながら、
家族やサキコの旧友ともやりとりをしつつ、ゆっくりと過ごしました。

今回、サキコが亡くなってからの誕生日ということで
今までとは当然ながら状況が異なっており、改めて色々と考える機会が多かったのですが、

それぞれの人の立場によって、その日が嬉しいい記念日でもあれば、
普段と変わらない日常の中の平凡な1日であったり、
場合によっては思い出すのも切ない1日だったりする、という事をしみじみ感じました。

自分の弟の誕生日は、数年前からHikkiのお母さんの藤圭子さんの命日にもなりました。

サキコの誕生日も(もちろん自分の誕生日も)人によっては命日であり、
サキコの命日もまた、誰かにとっては誕生日なんですよね。

人によっては、亡くなってから誕生日を祝うことに違和感を感じることもあるでしょう。
実際にそのような議論をWEB上でも見ました。(今回のサキコの件とは別件です)

でも、俗世から見れば、

「人は生まれてくるから亡くなる」

のであって、誕生日も命日も、厳然とあるものなんですよね。
生まれてからの時間は絶えず流れやって来て、40年が経過する。

サキコと二人分として生きる事を誓った自分としては、
お祝いをするのもされるのも好きだったサキコを、祝福せずにはいられません。

先日、お墓が完成したのですが、

そこにはとても達観した考え方である

「生即無生」

という言葉を刻みました。

人の命は仮の物であって、生も死も無く生死は同一のものである、
という仏教の一つの宗派の考えです。

自分たちの住む土地に「無生」という言葉が使われているのを知り
(実は住所に字があり、そこに使われています)

この境地にはまだまだ至り切れていないのですが、
生も死も人生の事実として、ひっくるめて認め、包み込み俯瞰で見渡せるよう、
心を成長させたいと思います。

まだまだ涙が枯れないミキがここに居ますので…
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サキコの夢を見ます

月命日の月は

夫のミキです。

本日1/31は、妻サキコが亡くなってから半年(=6か月)の月命日です。

他のSNSでも書きましたが、この6か月は本当に色々な出来事や思いが
駆け抜けた時間と日々でした。

今日は職場の昼休みに、すぐそばにある花屋さんで供花を注文し、
帰宅時にそれを受け取り、途中で夫婦で気に入っていたケーキ屋「セティボン」で
小さなケーキ(私が余り甘いものが得意では無い為)を買って
お仏壇に供えました。
供花とケーキ

FACEBOOKなどで教えてもらいましたが、本日1/31は語呂合わせの「愛妻の日」でもあるらしく、
さらに今夜は「スーパーブルーブラッドムーン」という、珍しい現象を伴う皆既月食も
綺麗に見えて、奇遇ながらとても印象深い一日となりました。

月食はうまく写真に収められませんでしたが、サキコの写真を入れた
携帯型(手帳型)の位牌と一緒に、寒空の中しばらく見入っていました。
(これを投稿したら風呂に入ります…)

ひとしきり月食を見終わったあと、部屋のカーテンを閉めた際、
カーテンフックにかかっていた
サキコが飾った御守りの、

「しあわせ」

の文字を見つけ、一人号泣しました。


しあわせは確かにありましたよ。
「しあわせ」の御守り

阪神大震災と妻サキコ

サキコの夫のミキです。

ミサキチのログインパスワードをようやく今月になって入手できました。
ミサキチブログの復帰に時間がかかってしまい、
ご愛読してくださっていた皆さまには本当に申し訳ない思いでいっぱいです。


昨年12月、愛犬フースーヤのブログになんとかログインが出来まして、
下記のご報告をさせて頂きました。

http://fusuya051101.blog43.fc2.com/blog-date-201712.html

余りにも急な出来事が起り、それからもう、
今月で半年近くを迎えようとしています。

あっという間でいて、永遠のように長かった。
簡単に例える術を持たない、未経験の時間の流れでした。

先ほど、このエントリーを書き始める前に、
2017年初頭や6月ころのミサキチの内容を改めて読みましたが、

サキコがもう居ない、というこの状況が訪れるなんて
微塵も想起できないような、普通で楽しい日常が綴られていました。

1月のこんな寒い時期でも、ネイチャーサキコは
頑張って、ビオラなどはこの時期でもキレイに咲いていました。

(自分も枯らさないようには頑張っていましたが、とうとう一部枯れてしまいました)

2017年のサキコのおみくじは「中吉」で、
鶏肉大好きなサキコは酉年にも期待を弾ませていました。

そして当然、犬が大大大好きだったサキコは、
戌年である今年を楽しみにしていたであろうことは、言うまでも無いことだと思います。
しかしサキコは、戌年を目前にして、眠りにつきました。

亡くなった日は7月31日。あと1日後には、8月。入籍記念日を目前にしている時期でした。

亡くなった年は平成29年。1年後の本年は、平成30年。
嵐も年賀状のCMで言っていたように、そうか、平成ももう30年か、
という節目の年を目前にしていました。

亡くなった年齢は、39歳。次の誕生日を迎えれば、40歳。
いつまでも若々しくいることにこだわっていたように見えたサキコからすれば
大台に乗ってしまいますが、これもまた節目の年齢を目前に控えていました。

上記の事は偶然の重なりではありますが、
サキコは色々な節目の目前で、眠りにつきました。

当然、残された私は、平成30年の、40歳のサキコの誕生日も祝うつもりでいるのですが、

それらの節目の目前であったがゆえ、

普遍的な変わらないサキコの姿を記憶として、心に残せるような気がしています。

ずっと見えるカタチで年齢を重ねてしまう自分にとっては、

永遠の30代のサキコを、それまでの元気だったサキコを
より強く思い出せるんだと思っています。


以下、話はタイトルの件にシフトします。

関東住まいの自分にとっては、ニュースで観て改めて
思い起こされる出来事にはなってしまいますが、

本日の1/17は、阪神大震災が発生して23年目の節目の日でした。

当時、サキコは16歳で、神戸の実家にてその大地震を体験した事を
何回か自分に語ってくれました。

夜がまだ明けきらない朝方に大きな揺れが来て、怖くてお母さんの元で静まるのを待っていた、
というような内容だったと記憶しています。

近所でも大きな被害があり、大渋滞で動かないバスの中で何時間も過ごした事や、
ボランティア活動にも参加した話も聞きました。

本日出ているニュースを見ると、

震災で犠牲となったご家族や友人を悼んで今も涙する人。
最近までも亡くなった家族の御仏前に食事を供えていた人。
犠牲になった愛する人を救えなかった事に苦悩する人…

沢山の想いが今もそこにあることがわかりました。

悲しみがようやくすこしずつ緩やかになってきた、というような文章もありました。

サキコが肺癌がもとで亡くなって半年ですが、
今も悲しみは波のように押し寄せてきます。

そんな中でも、仕事に臨まなければならない。
周囲の人と日常を共にしていかなければならない。

いつまでもいつまでも沈んで悲しんでいるのは、社会人としては良くないのではないか?

というような葛藤が、時間を経るごとに少しずつ大きくなっていました。

でも。

阪神大震災は、教えてくれました。

サキコも、毎年この出来事に思いを寄せていた。
そして、自分の気持ちに正直に、今も悼む思いを寄せている人たちが沢山いるのだ、と。

気持ちに正直に。

この半年近くですっかり「泣き癖」がついてしまった自分は、
これからも泣きたいときには泣かせてもらおうと思います。

そして、笑える時には、サキコの分もひっくるめて、笑おう。

そうやって少しずつ、サキコの記憶と存在感と共に
過去を背負いながら、前を向いて生きていこうと思います。

結びの文章を書いていたら、また涙が滲んできました。

それでいいんだな。

サキコ、色々と本当にありがとう。
そして、これも毎回書いていますが、これからも、いつまでも、よろしくね。

突発性難聴

  • 2017/07/22 23:54
  • Category: 闘病
実は…

突発性難聴になり耳鼻科に通ってたんですが、今日ようやく通院が終わりました(>_<)あとは1週間薬を飲んで治療は終わりです。

「突発性」とはよく言ったもので、6月下旬のある日にうたた寝から目覚めたら突然左耳が詰まった感じになっていて、まるで壊れたラジオから聴こえる音のような…ハウリングしているような…音程が変というか…とにかく左耳に響く音に違和感を感じました。

その日は「なんか耳おかしいな~寝たら治るかな~」と思いつつシャワー浴びて寝たんだけど、目覚めたら超絶悪化。。。耳の違和感よりも「めまい」「吐き気」が押し寄せて、立ち上がるどころかベッドから起き上がることもできませんでした。。。今思うとこの時が症状のピークで、あまりのツラさにメソメソと泣いてしまいました。いい大人なのに(^ω^;)w

翌日、日曜診療している耳鼻科を探し、一人では歩けない状態だったので旦那の肩を借りて何とか車に乗り込み連れて行ってもらいました。

耳鼻科では「突発性難聴かメニエールですね、目が左回りにぐるぐる回ってる」と診察され、「すぐに点滴をしましょう」と1時間ほどの点滴を受け、ステロイド・めまい対策の薬・血流をよくする薬などを処方していただきました。

薬の服用を進めるうちに日に日に良くなっていくのが自分でも分かり、1週間後には映画を観に行ける程に回復。現代医療に感謝…!そして早めに対処できたことへ安堵(´;ω;`)やはり治療は初動が大事だと痛感しました。

今現在は耳の違和感、吐き気は全く無し。ただ急に動くとクラクラするので安静に。あと一番困っちゃってるのが体力の低下。元々の貧血+連日の暑さも相まってヘロヘロ状態です・・・(:D)┼─┤バタッ

****

<突発性難聴の症状> ※突発性難聴が何度も続くとメニエール病
★耳の詰まり
★回転性のめまい
★吐き気

↑一見この時期だと「熱中症?」と思っちゃいそうだけど、対応法が全く異なるので素人判断はしないで一刻も早くお医者さんに診て貰って下さい(>_<)個人差はあると思いますが「症状が現れてから48時間以内に治療しないと聴力が戻らなくなる」とのことです。(なんとおそろしい…!)

****

私が症状ピークの頃にキンキの堂本剛くんも同じ病気になったと知り…「家から出ない一般の主婦でもこんなツラいんだから、多忙を極める芸能人がこの状況になってしまったなんて想像を絶するツラさだろうな…」と思いを馳せてしまいました。一日も早く快復し、元の歌唱・演奏が出来るようになることをお祈りしております(´;ω;`)

****

もし同じような症状になった方が居たら、このエントリが役に立てば良いな…と思いUPしました。頭の片隅にでも入れておいていただければ幸いです。突発性難聴、めっっちゃツラいから早めに対処しましょう!!!(切望)

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プロフィール

サキコ

Author:サキコ
19780404生まれ A型
神戸市出身・現在静岡市在住

愛犬フースーヤとHikkiとしょこたんとアニメとゲームとガーデニングとネイルアートが好きです

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